新聞小説

90歳になる母は、今でも毎日、丹念に新聞を広げている。
あの人はおそらく1世紀近くA新聞の読者である。ムカシの人は、いったん定期購読すると、他の新聞に変えてみるって発想はないのだろうな。
よく父は、
「新しく定期購読する相手には、何かと景品がつくのに、長く読んでいる客にはなんのサービスもない!」
としごくもっともな意見を言っていたけれど、だからと言って、他に変えようとしたことはなかった。

一通り読み終えると、折り込みの広告を折り紙のように折り、簡易ゴミ入れを作るのも、母の習慣である。
こんなやつ。

ゴミ袋

このなかに、鼻かんだ後のティッシュとかりんごの皮とかポイポイ放り込むのだ。
これはこの数年始まったことで、だれかに教わったのかしらん。
手狭なうちのリビングルームでは、うっとおしくも感じるが、わたしは黙っています、はい。

わたしがとってるのは東京新聞の朝刊のみ。月額3050円。これも4月から値上げするんですね。
あまり熱心な読者じゃないのだけれど、今日みたいに雨で犬の散歩も出かけない日は、朝からバスタブにお湯をはってゆっくりお風呂に入るので、「お供として」新聞とめがねを持ち込む。
新聞がお湯でどんなによれよれになろうとも、誰にも文句を言われないのは、ひとり暮らしの特権だ。
ざまあみろ(誰に向かって)。
この間の日曜日は、クロスワードパズルがなかなか解けなくて、のぼせそうになった。
正解掲載が翌週、ってのが憎たらしい。正解はその日の紙のどこかに載せて欲しいな。

今朝やっと気づいた。
新聞小説が新しくなっている。
「5」とあるから、3月1日に始まっていたのだ。
角田光代の「拳の先」。

新聞小説
入浴後の新聞。すでにヨレってます。

ふと読む気になって読んでみたら、これがなかなかのどごしが良いのである。
文章がいいですね。前から気づいてましたけど。
わたしにとっていい文章とは、リズムがあること。絵のイメージが見えて来ること。
池田進吾って人の絵もいい。
お風呂からあがってから、さかのぼって読んでみた。
タイトルから察せられるように、ボクシングを題材にしている。主人公がボクサーというわけではなく、見つめる人の側から書いてある。そういう配置もうまいんだろうな。

新聞小説と言えば、「氷点」。
A新聞に1964年12月から65年の11月まで連載された(ウィキペディア)。
わたしはまだ新聞を読むには幼い子どもだったけれど、「氷点」が話題になったことはよく覚えている。結末がたいそう取りざたされていた。
後に、テレビドラマや映画にもなったしね。

夏目漱石の「こころ」ももとはと言えば、A新聞に掲載されたもの。
……ここに来て、なんでイニシャルトークなのかなと思えてきた。朝日新聞です。
これまたウィキの情報だけど、「虞美人草」以降は全部新聞小説だそうだ。
漱石は、朝日新聞の定期購読者倍増に貢献したのだと思う。

新聞連載の小説というのは、定期購読者を募るための手法だったのだろう。
それは、「連続ラジオ小説」(NHK)、そして現在の「連続テレビ小説」に受け継がれている。
「忘却とは忘れ去ることなり……」で始まるラジオドラマ、放送時間は銭湯の女湯がからになると言われたヒット作こそ、「君の名は」である。
菊田一夫の作品。
1952年4月からなんと2年間続いている。

まさかそんなことはあり得ないが、連続ラジオドラマが復活したら、是非書きたいな。
あり得ないけど、笑。

今の新聞小説は半年なんだろうか。
読み続けてみようと思う。広告の紙で折り紙はしないけど。

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