お茶の水

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長いエスカレーターを降りると、そこはお茶の水だった――。

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地下鉄をあがってくると、こんな店があります。


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昔ながらのこんな建物もあります。

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日大付属病院。
母の診察の日。
一月の診察日が大雪だったので、きょうに延期してもらった。
朝の早い時間しか予約がとれなかった。千葉方面から杖をついてくる母。
ラッシュアワーにかち合うのは、とても心配だった。
今朝母は、タクシーで来たという。1万円かけて。


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母は、老人に多い「黄斑変性」という病気である。
眼球に注射するという、(わたしからしたら)どえらい治療を数度施してもらい、母の場合、治療効果はたいへんよく、この一年ぐらいは落ち着いている。
しかし加齢による病気だからいつまた悪くなるかわからない。それで三ヶ月に一回診察を受けに来ている。
新聞や本を読む、その限られた楽しみすらなくなったら、そりゃさみしいにちがいない。
今日は、担当のM先生が、眼球の写真をプリントアウトしてくれて、「治療前より、ほら、こんなによくなっている」と指し示してくださった。
本人を納得させるため?(笑)。

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検査から診察、そして次回の予約……必ず数時間の仕事となる。
終わった後は、よくこの喫茶店に立ち寄る。
「穂高」
古くて落ち着いたお店。好きです。

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ほっとするテーブル。
店のご主人は、年中、白いポロシャツを着ている。
足下は……実は下駄。
ってあたし、知ってるもんね。きっと働きやすいんだろう。

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山小屋を彷彿とさせるインテリア。

Image「穂高岳 わがふとさとの山々に 心おきなく ものをいうなり 新田次郎」
直筆かどうかは不明です。

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母とふたり、コーヒーとトースト。
普通のトースト、普通のバターとマーマレード。
それがおいしい。
佐藤愛子著の「これでおしまい」というエッセイを読みたいと母が言うので、
わたしがアマゾンで買って、 送り先を母宛にすることにした。これがネットショッピングの良きところ。
わたしが母の年齢になったら、毎日ポチりまくることだろう。
ちなみに、佐藤愛子と母はおないどしだ。
……そう言えば、佐藤愛子の原作を昼帯のドラマに脚色するとき、ご自宅にあいさつにいったなあ。凛として美しく、ウィットに富み、切れが良く、ほんとうに素敵だったなあ。
わたしの両親は昭和19年に結婚したと言いうと
「ああその頃、屈強な男は残ってなかったのよ」
と佐藤愛子はすかさず返した。確かに父は屈強とは真逆のタイプで、「見たの?」と確かめたいぐらいだった。
「屈強な男たちは残っていなかった」
というフレーズ。何度も思い出して、わたしは笑っている。

「M先生も写真に撮れば良かったのに」
さっきまで、父の思い出話で、涙目になっていた母が唐突に言う。
M先生、タイプなんだろうか。
そんな馬鹿なまねができますか。
と言ったけれども、悪くないな、と思い直す。
M先生の反応が楽しみ。こっちもプリントアウトしてさしあげないとね!

ImageJR御茶ノ水駅には、エレベーターがない。
千代田線「新御茶ノ水駅」にも、長い長いエスカレーターがあるだけ。
とおもったら、エレベーターの工事だってさ。三ヶ月後にはできてるだろうか。
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いつものように、母とは地下鉄のホームで別れた。

家に戻ってニッキーの散歩をすませ、遅い昼は、母が手渡してくれた牡蠣フライとにんじんのかき揚げを食べた。

お茶の水” への1件のフィードバック

  1. 小津安二郎の映画の一場面のようないいお話です。
    タイトル『新東京物語 お茶の水』
    こんな娘さんのいらっしゃるお母上は、お幸せと思います。

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