Gift 右手和子さんのお別れ会

右手(うて)和子さんは、紙芝居の”口演者”としてずっと第一人者だった。
残念ながらわたしは、その上演を一度しか見ていない。
しかしその七色の声……子どもからお爺さんまで演じ分けるパフォーマンスに圧倒され、すっかり紙芝居ワールドに魅了されてしまった。
去年の10月紙芝居についてのフォーラムが開催され、そこでお目にかかったのが最後になった。
体調が悪いと耳にしていたが、お声に張りがあったから、「これは大丈夫」と勝手に安心したのだが、しかし10月31日に入院、11月17日に脳梗塞で亡くなられた。84歳だった。
天涯孤独だった右手さんは、入院するときにはきちんと身の回りの整理をされていたそうである……。

昨日、四谷・主婦会館でお別れの会が開かれた。
全国から200人以上の人が訪れた。
そこで配られた追悼集をもとに、右手さんの経歴を紹介してみようと思う。

右手さんの御尊父、右手悟浄氏もまた、紙芝居口演の名人だったそうだ。
教育紙芝居の普及に尽力した人である。
右手さんは、舞台芸術学院を卒業後、劇団四季の研究生だった時代もあるようだ。
悟浄氏の片腕として、紙芝居の口演者となり、また一方で声優として活躍する。
1967年放送になったフジテレビ系「悟空の大冒険」では主役の悟空の役を演じている。出演者は他に……増山江威子、野沢那智、愛川欽也、滝口純平、近石真介。
今にしてみれば、そうそうたるメンバーだ。
つまり右手さんは、アニメの声優の草分け的存在、ということになる。

しかし、49歳の時、悟浄氏の遺志を継ぎ、紙芝居の口演者として生きることを決意する。それ以来、紙芝居一筋の人生。

お別れの会では、数年前の上演会の模様がDVDで流された。
記録用に録画されたもので、決して録音状態はよくなかったが、来場者は食い入るように見つめていた。
右手さんの演技に引き込まれ、場内が笑いに包まれる瞬間もあった。

しかしこれ以外に、右手さんの口演の記録がないというのは、驚くべき事実だった。
紙芝居の指導のため全国を飛び回っていた右手さん。信奉者もたくさんいるのに、何故「遺しておく」という発想にならなかったのだろう……。
つくづく残念だ。

紙芝居というのは、止まった絵である。
口演者の“語り”を聴きながら、絵の中の人物や生き物を肉付けしていくのは、観客なのである。
そこがいい。
口演者と観客が一体になれるのが、紙芝居だ。

英語では、才能のことをGiftというらしいけれど、右手さんの声は、まさにこのGiftだと思った。右手さんは、ご自身の才能を紙芝居に捧げた人なのである。

唐突だが、右手さんには「徹子の部屋」に出演してほしかったなあと思う。
徹子さんが驚嘆し、感動する姿が見たかった。

Gift 右手和子さんのお別れ会” への2件のフィードバック

  1. ありがとうございます。
    右手さんの記録が少ないことを悲しく思っていましたが、記録よりも記憶の方が大事ですね。
    右手さんの声と表情を思い出して、糧にできるなんて、ほんとの素晴らしいです。

  2. 埼玉県滑川町で二度講演を聞かせていただいた事があります。一度目は今から27年位前、図書館で。二度目はそれから10年位あとコミュニティセンターで比企地方の朗読サークル活動の大会の特別講師として。現在私はパペットを製作、操演しておりますが、時折 右手和子さんの見事な芸、七色ではなく十二色の素晴らしい声を温かい笑顔と共に思い出して、襟を正しております。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中