伊豆の踊子

旧天城トンネルのあとには、伊豆の踊子の文学碑に立ち寄りました。

川沿いの急な階段を降りていかねばならず、母は途中で断念。
わたしとニッキーだけで。

ここは、川端康成がよく逗留したという「福田屋」という旅館。
今回なかには入らなかったけれど、かつて2時間サスペンスのシナハン(シナリオを書くための取材)で来たときには、川端さんが泊まったという部屋も見学した。
旅館の廊下には、歴代の映画ポスターが貼ってあり、なかなか楽しい。
ここを一緒に訪れたプロデューサーや演出家のことを思いだして、わたしは少しセンチになってしまった。
お二人は、「アフリカポレポレ」というドラマのときにも、2週間のアフリカシナハン旅行をご一緒したのだった。
その演出家、冨永卓二さんがすでに他界されたことをあらためて思うと、とても寂しい気持ちになってしまったのだ。

福田屋の周囲は、すぐにでも「伊豆の踊子」のロケができそうな風情だ。

ね。
どこからか声がすると思ったら、川の向こうから母が手を振っていた。

横にいるのは観光タクシーの運転手さん(画像はあえてトリミングしてません)。
運転手さん、母をおぶって急な階段を下りようとしてくださったのだ。
わたしも母も大いに恐縮し、辞退した。
奥さんのお母さんをいつもおんぶしてらっしゃるとのこと。
ほんとにいい人に当たってよかった。
「いい人はいいね」
の踊り子の台詞を思い出す。
このあと、車中で三人して「伊豆の踊子」談義で盛り上がる。
映画のヒロインは6人いた――と運転手さん。
指を折って5人までは言えたけれど、どうしてももう一人が出てこない。
「鰐淵晴子」
と運転手さんが正解を教えてくれた。
6人のヒロインは以下の通り。

伊豆の踊子(1954年

わたしが子どもの頃映画館で観たのは、内藤洋子バージョンであった。
西河克己監督は、2度撮ってるんですね。さすが青春映画の大御所!

車中で、もうひとつ台詞を思いだした。
「下田についたら、映画につれてってくださいね」
それを母が訂正。
「下田についたら、活動につれてってくださいね」
そうだ、活動写真の活動である。
踊り子との約束は果たされず、主人公はひとり船に乗る。
見送りに来た兄の栄吉が妹の名前にちなんで、「カオール」という口中清涼剤を持たせてくれるのだ……。

これは、この日の午後、町湯のその名も「踊り子会館」に掲げてあったステンドグラス。
あまりにキッチュだけど、わたし、こういうのも大好き!


次回は、下田の水仙まつりです!

伊豆の踊子” への2件のフィードバック

  1. わたしも最近、読み返したところだったんです。
    冒頭の数行、圧倒されます。
    踊り子との切ない逢瀬も、この自然描写があってこそ、と思いました。

  2. 福田屋はホント、昔のままだねえ・・・
    私も「伊豆の踊子」と言えば内藤洋子が印象に残っているけど
    鰐淵晴子はすっかり失念しておりました。
    「アフリカポレポレ」は富永さんでしたか。
    名作はいっぱいありますが、素晴らしい演出家でしたね。
    いい写真が多くて楽しめました。
    久しぶりに「伊豆の踊子」読んでみようかなあ・・・

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