林芙美子没後60年記念展

ニューヨークから里帰り中のMちゃんと、横浜で開かれている「林芙美子没後60年記念展」に行ってきた。
神奈川近代文学館は、みなとが見える丘公園に隣接した場所にある。
入場料:大人600円65歳以上300円


写真は、仕事を転々としていた頃の林芙美子。
「放浪記」を世に出したのは、26歳の時。
もっと後のことなのかと思っていたが……。

作家になると作家らしい顔になる……。

わたしは、作家の生原稿を見るのが好きなんである。
いつも、胸の奥の方からふつふつと沸き上がってくるものがあって、しばらく見つめてしまうのである。
展示品には、手紙のたぐいもいくつかあった。
友人には、とても愛想のいい文面だった。

表装されていた生原稿。
大事に保存するために、誰かが仕立てたものだろうか。
 

「ニヒル」という雑誌。
ニヒリズム、ダダイズム、アナーキズム系の詩人たちが名を連ねる雑誌に、
林芙美子も寄稿している。
プロレタリア作家・壺井繁治と近所に住んでいたこともあったという。
壺井繁治は「二十四の瞳」の壺井栄の夫。

日中戦争(当時は日華事変)が始まった頃から、「ペン部隊」の一員として、戦地に何度となく出かけている。
言ってみれば、従軍記者だ。
しかしそれは、ベトナム戦争を戦地で取材した開高健とは、立場がちがう。
新聞社の派遣記者と言っても、国のちょうちん記事を書いていたと思われる。
よって戦後は、「戦争協力者」と名指しされたこともあったという。

アナーキストたちとも交際があって、後に戦争協力者?
矛盾する行動のようにも思えるが、
今の尺度で解釈しては、本質を見誤るかもしれない。

林芙美子は、「放浪記」がヒットした翌年には、半年間パリに遊学している。
好奇心旺盛な行動派の女性だったことは確かだろう。
「わたしは古里をもたない」と断言もしているが、それは否定的なニュアンスではなくて、
だから身軽なのよ、と明るい開き直りのようにわたしには読める。

「おお、男前」
とMちゃんと同感した、夫・手塚緑敏。
芙美子の「平凡で誇張のない人」という記述もあった。
誇張のない人……いいですね。
二人に実子はなく、ひとり男の子を養子に迎えている。
芙美子が編んだ、小さなセーターも展示されていた。

こちらは、藤田嗣治が描いた芙美子像。
芙美子自身が描いたスケッチもいくつかあった。
なかなか上手。

林芙美子の生涯も、長くはない。
心臓麻痺で亡くなるその数時間前まで、雑誌の食べ歩きの取材に出かけている。
47歳だった。

成瀬巳喜男が監督した「めし」「晚菊」「浮雲」「稲妻」。
そして森光子が2000回公演を成し遂げた「放浪記」。
林芙美子の作品は長命だ。

一時間半たっぷりと見て5時の閉館時間に出てくると、港はちょうど暮れなずむところだった。
Mちゃんとスカンディアへ。


左から、にしんのビーツサラダ、チキンの燻製、帆立のフライ。

 

話が尽きず、〆のコーヒーを注文。
レトロな砂糖入れですね。

林芙美子没後60年記念展” への4件のフィードバック

  1. デジタル化にスポイルされて、すっかり筆無精になってしまいました。
    手書きには精神的エネルギーがいりますねえ。
    もらう方としては、2行でも3行でも手書きはうれしい。気持ちが伝わってきます。

    もし札幌を訪れることがあったら、是非、黒澤明の直筆にもお目にかかりたいものです。
    ありがとうございました。

  2. 林芙美子さんの展示は、東急線の中吊りを見て少し気になっていました。
    作家の生原稿についてコメントされていまね。
    ちょっと話が飛ぶのですが、わたくし、先日、黒澤明監督自筆の手紙を見ましました。

    しかも、原稿ではなく、手紙の話題で恐縮なのですが、
    場所は、札幌に2週間前に誕生してばかりの「北の映像ミュージアム」です。
    現地で長年、映像関係に携わってきた関係者が、
    およそ10年の準備期間を経てようやく開館にこぎつけたそうです。
    展示のコンセプトは、北海道でロケを行った映画の資料や、北海道出身の映画関係者の資料。
    20111006-07

    黒澤監督は、「白痴」を撮影する時に、札幌を舞台にしたわけですが、
    なぜ、札幌をロケ地に選んだのか、「白痴」を映画することへの想いなどを手紙で綴っていました。
    手紙は、B5用紙に鉛筆の手書きでした。
    豪快さと几帳面さが入り混じったような書面だと感じました。

    世は、デジタル化の流れと共に、手書き文化が姿を消していっていますね。
    そんな中で、「スケジュール帳、メモ、手紙だけは、絶対に手書きで書いてやる!」
    と勝手にこだわっている、中年オヤジの独り言でした。

  3. 尾道の文学碑、わたしも見ましたよ。
    その後お寿司を食べました。シャコがおいしかった。

    ふつふつと……はなんでしょうね。
    壺井栄、開高健、松本清張、火野葦平……どの生原稿もよかったなあ。
    「たとえその個性や思想がちがっても、どの作家も原稿用紙の前では真摯だから?」
    ってまとめすぎの気もするし。
    宿題とさせてください。

  4. 私の大好きな街の一つに「尾道」があるのですが
    尾道水道を一望する千光寺公園に林芙美子の文学碑があります。
    「海が見える、海が見えた。5年振りに見る尾道の海はなつかしい」
    彼女は多感な時代、尾道で6年間をすこしました。
    「私は宿命的に放浪者である」と言っていますが
    やはり尾道は特別な土地だったのではないてしょうか。
    私も常に「デラシネ」でありたいとは思っていますが
    デラシネではなく「だらしねえ」部分ばかりが多くて・・・(恥)

    作家の生原稿を見て「ふつふつ」と胸にわきあがるものは
    一体、何なのでしょうか・・・

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