「かんごふさーん。」


 母に付き添って、大学病院に行った。
 ここんとこ毎月一回、その病院に通っているのである。
 待ち時間の過ごし方にも慣れて、今日は、季節柄、
 ディケンズ作「クリスマス・キャロル」
 を用意していった。
 ディケンズが、産業革命後の19世紀イギリスで、少年期に、父親の借財のために家族ぐるみで監獄に入れられたという記事を巻末の年譜で読み、「ふむふむ、なるほど」(何がなるほどなんだか)とうなづいていたそのとき、「脳外科」外来から、えらいでかい声が聞こえてきた。
「……からは出血が見られないので、今のところ、対処療法ってことになりますね」
 うっわー、患者さんの病状まる聞こえ!
 どうやらこのドクター、自分の滑舌のよさに気づいてないようである。たまにいますね、「無駄に滑舌のよい人」。
「で、先生、対処療法と言いますと……?」
 でこれは患者さんの台詞。いえ、聞こえてきたわけではありません。ヒガシの想像。
「ええ、ですから、頭痛が起きたときにお薬を飲むとかですね」
 とまた、滑舌ドクターの声がひびく。
「……!」
 これは、ヒガシが想像する、患者さんの絶句。
 その頭痛が起こらないように、なんとかしてほしいんですよ、先生。
 と言いたいけど言い出せない――のではないかなあというヒガシの想像、あるいは妄想。
 でしばらく、わたしには聞こえない応酬があったところで、
「あ、かんごふさーん。かんごふさーん!」
 とその通る声が、わたしたち廊下にいる患者たちとその家族に響き渡ったわけですね。
 呼ばれたであろう「看護婦さん」が小走りにやってくると、たまたま廊下にいた別のドクターが、
「また、あの先生が。ねえ?」
 って感じで、苦笑しながら、彼女にアイコンタクトを送っていました。
「かんごふさーん。!」
 は、少々高圧的で、「呼びつける感」が漂ってはいたけれど、でもヒガシには、懐かしい感じが否めませんでした。
 そう言えば、フィラデルフィアから特派員報告を送ってくださったケーシーT先生も、
「僕ら、普通に、『看護婦さん。』、って言いますよ」
 と言ってたっけ。
 相手が女性なら、看護婦さんでいいんじゃないのかなあ。
 女優を、ACTOR とはいわんでしょう、ACTRESS でしょう、やっぱり……みたいなところで。
 滑舌ドクターの前で、小声で話していた患者さんも、
「あ、看護婦さん。が来てくれるんだ……その人なら、心の内を話せるかも」
 と思って安心しただろう……ってのは、もちろん、わたしの想像ですけど。




   


 

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